なぜ、ナチュラル・ハイジーンのエバンジェリストになったのか。

  

 父が末期の胃ガンで病床に臥せている渦中、健康に関する多くの本を届けた。 正味ひと月の命だった。父は右目が見えなくなっても活字を読み続けた。そして死ぬ前に言った──この本が最強だった、もっと早く読むべきだった──と。コリン・キャンベル博士の『チャイナ・スタディー』である。

 父が入院して死に至るまでの間、主治医がどのように接するかを見てきた。私はそれらをメモしたり動画を撮ったりした。主治医が患者に説明する内容や光景を撮ることは禁止されていたが、隠れて撮った(のちに、父がしっかりとした口調で、感情を込めて医師に救いの言葉を発する最後の映像として遺った)。医師における指示は、抗がん剤、放射線治療、説明の文言もマニュアル通りだった。父はすべてを理解した上で、 母が勤めてきた病院を選択し、 あえて西洋医学の治療法を採った。おそらく、母への、「最後の愛」の選択だったのだろう。

 

颯爽と歩く入院直前の父

  

 入院後、私は毎日父を救う方法を調べた。その中に、高濃度ビタミンC点滴療法があり、大阪の先生に連絡をして父を連れていく計画を立てた。しかし父はそれを断固拒否した。もう、カラダが痛くて動けないことと、持続性をもって自分を診てくれる可能性がない(入院して付きっ切りで診る環境は提供されない)ことが理由だった。父は、セカンドオピニオンを持つ希望も放棄して、目前の西洋医学を信じた。だが、抗がん剤を飲み始めた途端、父の様態はどんどん悪化していったのだった(看護師の母にとっては抗がん剤こそが王道の選択肢だったので、当たり前の如く、その工程を知らしめた。私にはそれがとてつもなく悔しかった)。

 また、病院食も撮り続けた。末期ガン患者へのカルシウム計算を、現場の栄養士は白砂糖入りのお菓子のボウロでまかなう。通常毎日牛乳と精白米が出される。私はこれらの配給を続けながら、父にはグリーンスムージーだけを飲ませた。すると、胃のガン細胞は減少したのだ。しかし──骨転移したため、命を落とした(骨転移するとガン細胞の増殖は猛スピードで全身を蝕む)。

 

他界する 16 日前の病院食

 

 私は父が入院してから他界するまでの 2 カ月間、毎日病院に通い、末期ガンの人間が死に至るまでの一部始終を見た。巷ではガンを断食で克服することや、多くの自然療法が書かれてあるけれど、それらは早期の時期にしか通用しない。本当に末期になると、食べられなくなり、水さえも飲めなくなる。昨日まで起き上がってコップで飲めていたのに、今日は起き上がれなくなりストローで飲む、次の日はストローで吸うことができなくなり、容器で口にふくませる、その次の日はそれさえもできなくなり、点滴になる──寄り添う間、本当に悲しくて、何度も何度もボロボロ泣いた。

 他界するひと月前、一時退院した時、私がいつもするチャコールでがん細胞をなんとか撃退できないものかと思いつき、父に大匙1のチャコールを水で飲ませた。そのせいで、父は便が詰まりその後の入院中もずっと苦しんだ。本当に苦しそうだった、これは私の中ではトラウマとなっている。健常者の見識と末期ガン患者への対応はまったく違ったのだ。まさしくガン細胞の恐ろしさを垣間見た。

  

  

 ガン細胞は人体に強烈な痛みを与える。父はずっと痛がったので、最初はマッサージをしていたが、どんどん衰弱していき、モルヒネを入れるようになった。ただ、父は死ぬ直前まで、脳が衰退することはなく、きちんと話せた。父が自分の力で活字が読めなくなった時、悔しくて涙を流していたことが忘れられない。

 他界する 12 日前、「ちくしょう、ちくしょう、、」と悔し涙を流しながら、点滴をぶら下げ手すりをつたい、トイレまで行った。トイレまで歩いたのはそれが最後だった。次の日は、個室に簡易トイレが置かれた。その次の日には、立ち上がることもできなくなり、容器で取ってもらうようになった(父は男性の看護師を指定した。最後まで紳士だった)。この時の私には、今この瞬間生きている父が、ガンで死ぬなんて信じられなかった。この時の心境を言葉にするとしたら、絶望のなかかすかな光明を必死で見ようとしている自分。

 

 

 健康オタクだった私は、これまで多くの情報を両親にも伝えてきたのだが、いつもけなされバカにされ、「あぁまた健康オタクが始まった」と、笑われていた。妹も友人もそうだった。そして自身が好きな食習慣をやめなかった。食品添加物が入った調味料を平気で使い、朝食は白いパンにバターを塗り、コーヒーとこだわりのヨーグルトを食べる暮らし。言っても聞かないのなら好きにすればいい、人は自分が信じるものしか見えないものだ──半ばあきらめ、受容した。

 父が 67 歳で他界してから、家族で父が末期ガンになった理由を時間をかけて話し合った。それからだった──父の死に学び、母と妹が自らの意思で変わりはじめたのは。まず調味料を一気に変えた(添加物たっぷりの人工発酵醤油の瓶の中身を目の前で捨てた)。次に牛乳をやめた。しかし肉への執着は払拭できず、やはりいつものパターンに戻っている。健常者が食習慣を変えることは簡単ではない。コリン・キャンベル博士は、チャイナプロジェクトの研究の末「摂取する動物性食品の割合が少なければ少ないほど、健康効果が高い」と強く言及している。

 3 つの真実──人は必ず死ぬ、人生一度きり、人はいつ死ぬか分からない。時期がもっと早ければ、助けられたかもしれない。あの時の私に堅実な行動力があれば、救えたかも知れない──無念でならない。この想いを、自分の人生をかけて、どうすれば自然治癒力がフル活動できるのか、健康の真実とは何かを世の中に伝えていきたいと切に思い、ナチュラル・ハイジーンのエバンジェリスト養成講座を申し込んだ。

 

 

  チャイナ・スタディーにもしっかりと記されている。コリン・キャンベル博士の研究、この真実が、なぜ黙殺されたまま葬られようとしてしまったのか。現代医学は誰の健康を守っているのか。医学部の栄養教育の教材をいったい誰が提供しているのか(最善の栄養摂取を封印する根幹)。食に関して現状の医療は、私たちの健康を守ってくれない。

 私の究極の願いは、学校給食と病院食を、「プラントベース・ホールフード」に切り替えること。少しずつでいい、まずは食品添加物はもとより動物性食品の摂取がどれだけ危険であるかを理解して受け入れて欲しい──そういう世の中にしたい(日本全国では実際に、病院食にナチュラル・ハイジーンの概念を取り入れている個人医院や、給食に牛乳の配給を廃止したりオーガニックのプラントベースを取り入れている地方公共団体も存在する。可能性はゼロではないのだ)。また、同じ地球に住む人類として、家畜と地球温暖化がどのように影響し合っているかを理解してほしい。生きとし生けるものすべての命の尊さに、気づいてほしいんだ。

 

   

 父の死を機に、私は人生を大転換し、自身の使命をまっとうすべき未来へと突き進んでいる。健康オタクは自然治癒力研究家となった(マイナスはプラスへ転換できる)。現在ローフードの国際認定校になり、全国のローヴィーガンの生徒さんに教えている。また個々の(心と食と動、全体をみて)自然治癒力を最大限に発揮するための活動「奇跡のリバーシングコース」を開始した。

 進化する科学、AIとの共存、他に選択肢はない。AIは我々から学ぶ、我々は地球を汚している 。AIが人類をイレイズ(削除)する時が来ないとも言い切れない。私たちはもっと先を見て生きるべきだ。子どもの未来を守るために、正しい選択・地球を汚さない持続可能な生き方とはなにか。いえ、世界はもう気づいている、シフトしている。博士曰く私たちに必要なのは、「真実を知り、変えること」だけだ。

  

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Chandrika Chihiro
Catharsis Therapist|Yoga Therapist

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